#6 残り7日間で 君は”何者”になるのか (DAY1)

2020年08月21日(公開:2020年08月15日)

人生初の選挙、都議会補欠選挙に大田区から出馬する松田りゅうすけの LAST 7 DAYSを追う。

Episode 01 / 07

なぜ ”政治家” になるのか

June 28 Sunday

ドキュメンタリー作家として松田りゅうすけの選挙を記録する

杉岡:俺もPRとしてこの選挙に関わるっていうことは、自分としてもまだ判断がしきれない、正直。維新の会に対して嫌悪感を持ってるわけではないけれども、まだ全くノーマークだったから。

不勉強のまま、お金のためだったりとか「まあ関係があるから」っていうことだけで、自分の映像っていう、持ってるスキルを選挙のために使うっていうことは、ちょっと自分としてはしたくないかもしれないと。なので、もうここは完全にアウトサイダーで、俺がドキュメンタリー作家として松田りゅうすけの選挙を記録する、俺の視点で。

その7日間をリアルタイムで。もう今日撮ったものは明日、明日撮ったものはあさってっていう感じでどんどん出していけたらいいなと思ってます。

で、それを自分のPRとして使えるかどうかっていうのはあなた次第。

松田:はい。もうそれは1つの作品があって、それを私がどういう評価するというか。

まあ「どういう評価する」という言い方はあれですけど、どう使っていくかですね。

日本維新の会の議員として日本の閉塞感を打破したい。

維新スピリットって何ですか?

 それは改革の精神だと思っています。

「変えることで、変わることを恐れない」、それが私の中の維新スピリットです。ただ、もちろん変えるってことは良くなる部分もあるし、悪い方向に行く可能性もありますが、悪くなることを恐れてずっとこの場所に今まではいました。

それはやはり、もちろん良い方に変えるべくやるんですけども、変える変化を恐れない、それが私の中の維新ですよね、本当の漢字の意味の。もしそれが痛みというか、少し悪い方向にいっても、最終的にはやっぱり変えることでしか良くならないと思います。

具体的に日本の閉塞感とはどのようなことですか?

日本は経済システムも変わらないですし、やっぱり新規参入の壁が厚すぎるところです。やはりビジネスをやるにしても、企業の文化というのがあって正社員が守られてるので、なかなか正社員から一歩踏み出せる人が少なかったりしている現状があります。

人の背中を追いかけるだけで、自分から先頭を走ろうとしないというのは、私の中で閉塞(へいそく)感かなと思っています。

具体的にどのように閉塞感を打破していくのですか?

何度もチャレンジできる社会を実現するのが、私は絶対に大事だと思っています。一度失敗したら、もう絶対に一生チャレンジできないってなったら、チャレンジする人って間違いなく少なくなります。

でも、何度でもチャレンジできる社会であれば、それはやっぱり変化することを恐れず、新しいところに飛び込んでいけるようになる。多分、それが10回やって1回成功すれば、それは人生として成功であって。

ただ、10回挑戦できるっていうのが、今なかなか日本にはそういう環境が整ってなくて、1回レールを踏み外してしまうと……。で、そこのレールに乗らなかったら、もちろん個人の感じ方はあるとは思いますけど、世間体っていう意味では失敗に入ってしまったり、金銭的にも難しくなってしまいます。

なので、やはり何度もチャレンジできる社会をつくることが、閉塞(へいそく)感の打破につながるベースの部分かなとは思います。

ザ・オールドスタイルの頑張ろうコールについて

頑張ろうコールだけ見たら、若者は引きますね…。ザ・オールドスタイルってこういうことを言います。これを格好良いと思うやつ1%もいないです。

その頑張ろうコールを見てる人の票は1票も入らないと思ってます。頑張ろうコールは無意味だと思ってますけど、じゃあそこまで悪かというと、それほど私は思っていません。

もちろんやる意味は感じてないですけど、そこまでの悪というか、頑張ろうコールによってチームの士気が上がるのでトータルはプラスかなと思っています。損得勘定ですかね。

初日の街頭演説について

今日の演説は何点でしたか?

動画を見るまでは65点ぐらいでした。だけど、これを見て50点、40点ですね。

良かった点は、自分の中では政治にかける思いを言葉じゃなくて、雰囲気とか声の発生とかで出せたということです。

悪かった点は、演説風に話してますけど、中身のないことをそれふうに話してるっていうところがあるという所ですかね。じゃあ実際にその動画を見て、この人に入れるかどうかっていうと私は入れないんじゃないかなと思います。

どのようなことを意識して今日、演説をしましたか?

これまで数ヶ月間、演説をやってきて、5分だったら5分、10分だったら10分で、ある程度自分のテンプレートがどんどんでてきていました。そのテンプレートを組み合わせながら、「30分話すんだったら、この話とこの話とこの話を持ってきたら、ある程度形になるよね」っていうのは持ってました。

しかし、1つ1つのテンプレートを見てると、その1つの話聞いただけで、じゃあその人に投票するかっていうと投票しないと判断しました。響いてないテンプレートの集まりをただ合体させても結局響かないので入れ替えてトライしてました。

新しいパターンで慣れていなかったから、今日の演説はすごく大変でした。ただ、やはりここで変えないと、今のふうなやつを最終日までやっていったて自分に投票してくれる人は少ないと思ったので。

まあ大事な週末ですけど、意味のある週末だったのかなと思いますね。

政治家として生きると決めた理由

なぜ政治家を志したんですか?

やはり日本には変化が必要だと思ったからです。これは民間企業にいて、民間から変えれることと政治から変えれることって、多分全く別の世界の問題だと気付きました。今の日本って政治の部分を変えないと民間が良くならないと思ってます。

しかし、その政治の世界って、やはり民間企業に比べれば選挙にはお金もかかりますし、選挙に出るって、やっぱりなかなか普通の人じゃない。普通の感覚を持ってるとなかなか難しいんので。

私は基本的にリスクに関する感覚が他人よりも鈍感だと思ってるので、少し周りから白い目で見られようが、自分がやっぱり犠牲になってでも政治を変えないといけないと思いました。自分が変えないと東京の未来もそうですし、日本の今後……がどんどん悪くなっていって、自分の人生も楽しくなくなるかなと思ったので、政治の世界に飛び込みました。

ただ、死ぬまで政治家を続けるかっていうと、そこまで政治にすべてをかける、もちろん今はすべてをかけてますけど、生涯政治家でいるかというと、私は違うかなとは思っています。

みんなが選ばないのを選んだ方が自分の人生も楽しくなるし、それで結果的に日本が良くなるのであれば自分の中ではプラスだなと思ったので出馬しました。あとは、「自分が社会を良くした」とか「貢献した」とかっていうのが、多分自分の自己満足の中の一部にもあると思います。

自己満足を満たす場所が政治だった理由は?

政治で、その自己実現が一番自分の中では達成できるんじゃないかなと思ったので、政治の道を選択しました。ビジネスの世界は、もちろん自分で全部、ビジネスをやってたわけではないですし、7年間やっぱり自分の中で全力で走り切ってきました。

「プラスアルファ、ビジネスでじゃあ」っていうよりは、やっぱり定年まで同じ会社にいるよりは1つ目線を変えて、そして民間でもなく、今まで全く関係のなかった政治の世界を、「今32歳だから選べるな」と思いました。「40歳になったら、それはできない選択かな」と私は思ってます。

今の動機で任期を全うできる自信はありますか?

4年は全うできると思います。じゃあ4年やって、次都議会議員の選挙にもう1回2期目をやるかどうかは、やってみないと正直分からないです。4年間やって、自分が何も変えれないと思えば、それは潔く辞めればいいと思っています。

自分の中で満足いく結果が出せるのであれば、もう一度4年であったりとか続けていけばいいなという感じです。

第三極だから日本維新の会を選んだ

なぜ維新の会なのですか?

もともと維新の前は、最初はみんなの党が好きだったんです。私の中では第3極という軸があって。第3極というか、自民でもない民主系でもないっていうのがありました。

私は2009年、今から11年前なので、ちょうど大学を卒業した時ぐらいが政権交代が起きた時で。私が生まれた後はずっと自民党政権で、初めて「何か変わるんじゃないか」と思いました。それが2009年の政権交代で。私は、その時はただ民主党に入れたと思います。で、何か変わるんじゃないかと思って。

結局3.11もあって、本当に民主党のせいで日本が変わらなかったのか分かんなかったですけど、結果的に私は自民党でも民主党でも変わらなかったという印象が強いです。

やっぱり変えるには違う選択肢を取らないといけないとなったときに、いつ出てきたか忘れましたけど、みんなの党かなと思いました。みんなの党って結構いろんな多様性がありましたよね。

その時は政治も全く分からなかったけど、「やっぱり今まで変わらなかったから新しい選択肢を選ばないといけない」と思って、みんなの党が好きになりました。でもそれがなくなり、第3極ってどんどん新しい政党が出てくる中で、結局ちゃんとした第3極として、私の中であったのが唯一維新だったので。それはだから消去法。

都知事候補の小野氏との考え方の違い

小野さんとオリンピック・パラリンピックでの考え方に違いがあるみたいですが、どうしてですか?

現実的に、来年に今いったん延期されましたけど、どう考えても来年にできる状況じゃない。じゃあ、小野さんは「4年後に」って言ってますけども、4年後にまた再度税金を借りる必要があります。

もちろん東京でオリンピックはやりたいですけど、今いったん開催は中止にして、もしチャンスがあるのであればまた新たに招致の申し込みをやって、また新たに東京都民がどう考えているのか、再度意見を聞くべきだなと思います。

現実的に来年はもちろん無理だし、4年後っていうとそれはいったん中止に入るんじゃないかなと思っています。やりたい人はもちろん大多数か分かんないですけど、本来はコロナウイルスの前だったらやりたい人の方が多かったと思いますけど。

私は、それでもやっぱり今この状況でできるとは到底思えないかなと思います。